MANPUKU HAPPY DAY

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我が家の愛犬「まんぷく」は、ミニチュアダックスの女の子。やんちゃ盛りの2歳です。まんぷくのための手作りごはんレシピを中心に、日々の出来事を綴ります。訓練所でのトレーニング経験あり。

【かあちゃんコラム④】「オレか、オレ以外か」的なもの

こんにちは。まんぷくのかあちゃんです。
クリスマスも終わり、少しずつ2020年が近づいています。
残念ながら、まんぷくはもうしばらく訓練所で生活することになります。
まんぷく不在のクリスマスや正月など想像もしていませんでしたが・・今回はそうなってしまいました。

そして読み手におびただしいストレスを与える長ったらしい「かあちゃんコラム」ですが、そろそろ終えようと思います。
終えようと思うのですが・・・どうも今回だけでは終わりそうにないので、もうあと2~3回は、この調子でウダウダ言ってそうな気配です。

それにしても書いた書いた・・・。ヒドいときはブログ1本書くのに数時間かけてました。アフィリエイターにはまったく向かないですね。。
またこの先、考えさせられる出来事などがあれば書きたいと思いますが・・・もうないんじゃないかなー(笑)。
このブログ自体はもう少しライトな感じで続けますので、引き続きよろしくお願いします。

今回の記事はこんな感じでいきたいと思います。

少しずつゴールが見えてきた

まんぷくとのトレーニングも佳境に入り・・・少しずつゴールが見えてきています。
始める前や、始めて間もない頃は言葉にならないような不安も多々ありましたが、実際やってみたら理論もトレーニングも案外シンプルというか・・・心配するようなことはありませんでした。
わたしが取り組んでいるのは「愛犬との正しい付き合い方」「犬との関係づくり」みたいな内容なんですけど・・・具体的な内容といえば、

毎回まんぷくと一緒にドッグランを歩く、以上!という感じです。

ホントにこれだけ。ビックリするほどこれだけ。そのうち外に出たりカフェに行ったりするようだけれど。。。あとは、訓練士さんとのカウンセリング。
内容的にはまぁまぁ高度なものらしいですが、やってることは極めてシンプル。

一緒に歩くというもののなかに大切な基本がすべて詰まっているので、今後もこれといって特別なことはやらないみたいです。

しかし・・・歩くだけと言っても、そのさなかは常にまんぷくの動きに気を配る必要があり、一瞬たりとも気を抜くことはできません。
大袈裟ではなく、本当に一瞬でも気を抜くとそれがすぐさままんぷくに伝わって、いい意味での緊張状態が崩れてしまうんです。
わたしがここでよく「疲れる」とか「つらい」とかグダグダ書いていたのは、この至極シンプルな歩行練習のなかで、まんぷくと飼い主の在り方みたいなのを根底から変えるために、ほめ方から何からすべてを変える必要があったからです。
単純そうに見えて実に奥深いというか・・・それまで自己流でやっていたことを一度捨て、大きく変えるというのは・・・なかなかツライものがあります。

ちなみに、一部の方が想像するような、マズルをひっつかんで力づくで言うこときかせる・・とか、そういうのはやってません。
マズルをつかむも何も、そもそもかあちゃんまんぷくに触ってないし。
首輪とリード以外、道具も使わない。
逆にいうと、そこまでやらなくても犬と飼い主の関係はちゃんと改善できる・・・ということのようです。。

なぜ一緒に庭を歩いてるだけで・・・?と思うんですが、一通り終えてみないとわたしもよく分かりません・・・。
ただ、トレーニングしているなかで訓練士さんが「今のはほめるところじゃありませんよ、犬が演技して誤魔化してますからね。引っかからないように」とか「はい、今日はもうここまで。集中力が切れてる」など、まんぷくのちょっとした表情や仕草を仔細に観察しながら精神面の動きを読んで、さまざまなタイミングをコントロールしているようです。
トレーニング中は訓練士もまんぷくに触ったりしないので、正直素人には何が起きているのかサッパリ分かりません。
ですがまんぷくとの関係、まんぷくの顔つき、態度は確実に変わりつつある。これだけは確かです。

愛犬を預けるって、不幸なことなのかという疑問

ただ、それでも依然として複雑な思いを抱えながらトレーニングを受けているかあちゃん。
迷いや葛藤は少ないといっても、やはり世界一大好きな愛犬をよそに預けて複雑な気持ちにならない飼い主はいないですよね。
「もっとこうしておけばよかった」「あのときにまんぷくのことをもっと理解していたら・・・」などと、自分を責める気持ちは日に日に強くなっていくわけです。
否が応でも過去と向き合うことになるから、「訓練」がつらい。大袈裟ではなく自分との闘いだなと感じています。決してラクなものとは言えませんし、安易に人に勧めようとも思えません。。

そんなわたしの複雑な心境を見透かしたのか、あるとき芝生を気持ちよさそうに転げまわるまんぷくを愛おし気に見つめながら、訓練士さんが、
「まんぷくにとって、ここ(訓練所)での暮らしはそんなに悪くないんですよ。実際健康状態もすごくいいし、食欲も出て、よく動いて・・・たくましくなった。飼い主が心配するほど、ストレスもないんです」と言ったことがありました。

そりゃー、預かっておきながら、「何だか良くしてあげられなくて悪いですねぇ~。やっぱ飼い主さんのところにいるのが一番ですよ」などと言う訓練士はいないだろうと思いつつ・・・
じつはまんぷくを見つめながら、同じことを感じていたかあちゃん。
「悪くなさそうだな・・・」と。

芝生を駆けまわり、風に耳をなびかせて目を細めるまんぷく。
草をもしゃもしゃ食べ、気持ちよさそうにオシッコをするまんぷく。
訓練士さんに飛びつき、撫でてもらい、うれしそうに甘えるまんぷく。
飼い主が会いに来れば、一緒になって庭を散歩する。

うーん、どう見ても、そんなに悪くなさそう。。。

例えば訓練士を見て明らかにおびえてるとか、ストレスで生来の明るさを失ってふさぎこんでるとかしているなら、誰に言われるまでもなくまんぷくを連れ帰り、別の方法を考えたと思います。
なんだけど、どう見ても健康的で、楽しそうなんだよな。。。特に外を走り回れるというのは、本当にうれしいみたいで。

さらに、「訓練士との関係もしっかり築けています。訓練士の指示に従うことは普通っていう状態がすでにできあがっている。だからまんぷくを強く叱る必要もない。訓練士が指示をしたり、何かいけないことをして”イケナイ”と言ったとき、それをちゃんと聞くのがまんぷくのなかでもう当たり前になっていて、そこには何の疑問も葛藤もない。だから本人にもストレスが生まれにくい」というのだ。
う~ん、それってまさに理想の間柄ではないか。。。

なぜ自分の手元に置いておかない?

ところで以前、「訓練所に預けるとか幼稚園に行かせるとか言ってるけど・・・そもそも飼い主サンが自宅にいて、自宅で面倒見るという選択肢はないのですか?」と聞いてきた方がいましたが・・・
わたしの答えは「今のところ、その選択肢はない」、です。
こちらが飼い主としてのスキルを高め、まんぷくとの関係も適切に築けて、「もう大丈夫だ」というところまでくれば、自宅で面倒をみると思いますけれど。それがしたくて犬を迎えたわけですし。。

今だってもちろんそばに置きたいです、わたしは。ずっと一緒にいられるならいたいです。
でもそう熱望する一方で、飼い主のそばにいるって、無条件に幸せなことなのか?って、常に本気で疑う気持ちもあります。
そばにいるだけでまんぷくを幸せにできるほど、魅力あふれる飼い主なのか、自分は・・・。
まんぷくはどうなのか。それが一番幸せなのか。
ただ一緒にいるだけで犬を幸せにできるほど、飼い主って万能な存在なのか・・。

わたしは自分自身にそこまでの能力やスキル、資質があるとはどうしても思えないんです。
いや、訓練士さんと色々話す中で、とてもじゃないけど今の自分はそんな状態ではないとわかった・・・というのが正しいかもしれません。

「犬は飼い主のそばにいるのが一番幸せなんですよ!あなたは間違ってる!!」って、犬しか友達がいなそうなヒステリックな女性から言われたこともあるんですが・・・むしろこういう一方的で盲目的な思いが、犬との関係をおかしくしてるんじゃないかって思えてならない。
「単に飼い主が自分でそう思いたいだけでしょ」って言いたかったですが、なんかめんどくさそうな人だったので、やめときました。無駄なエネルギーは使わない。これぞ省エネ。
まぁ、少なくとも心にそれぐらいの距離感をもって、愛犬と自分たちの関係を俯瞰していた方がいいんじゃないかって。今は思っています。

ここで思い出す、あの名言

そうはいっても、いずれまんぷくは自宅に帰ってくるわけですから… 飼い主との生活で極力ストレスを感じずにすむよう、地道なトレーニングに励んでいます。

前の記事にも書きましたが、かつてのまんぷくの激しい問題(に見える)行動は、やはり精神的なストレスが多分に影響していたと思うので・・。
「まだ若いせいだ」「体力があり余っているんだ」「ちょっとしたイタズラ」・・・といった感じで目をそらし続けてましたが、訓練士さんとのさまざまな話し合いの中で、どうもそれだけではなかったようだと・・・認めざるを得ません。もちろん単なるイタズラ、ひまつぶしってときもあったでしょうが。。

特に自分にとって大きなヒントになったのが、「犬にとって一番のストレスは、中途半端な関係(自分で認めていない)にある飼い主さんから、日々わけのわからないことを言われて混乱すること」という趣旨の説明でした。
「認めていない相手」からの叱責や命令。一貫性のない態度。これが犬にとってよろしくない・・・と指摘され、思い当たるフシが山ほどあるかあちゃん。

どちらかしかない

ここで思い出すことがあるんですが・・・
ホスト界の帝王として2019年に大ブレイクしたローランドさんの名言に、

「オレか、オレ以外か。」

というのがありますよね。
今、色んな企業が自分のところのCMでこの名言をパクッてパロッてますが・・・多分すごく明快で伝わりやすいメッセージなんだろうと思います。

なのでわたしも今からこのセリフをパロります。
これを、犬が人間を区別するときの状況に当てはめて見ると、

リーダーか、リーダー以外か。
従うべき人間か、自分に従わせる人間か。
自分より強い相手か、負かすことのできる相手か。
認めるか、認めないか。

こんな感じなわけですよね。
ローランド並みに二者択一。
極端にしてシンプル。
ゆえに、ある意味犬は厳しい。

認めた人間にはそれこそ喜んで従うけれど、そうではないと判断した人間から怒られたり指示をされるというのは、犬にとってとてつもないストレスなんだと聞かされ、またしても頭をフライパンで叩かれたようにショックを受けるかあちゃん。


でもまぁ確かにまんぷくはそうだったと思う。
とにかく相手を見て行動を変えるというか・・・極端なんですよね。。

前の幼稚園の訓練士さんや、今の訓練士さんの前にいるまんぷくはもう、超従順。

▼まぁ、こんな感じですよね・・・。


▼なんだろうなぁ・・・顔つきがもう全く違うんだよね・・。


▼こんな感じとか。。

嫌々従っているのではなく、目をランランと輝かせ、「何でも申し付けてください!」みたいな顔をしている。
そして指示をやり遂げるとまっしぐらに訓練士さんのもとへ向かい、「ほめてください、もっともっと」と体を擦りつけるようにして甘える。

ほめられたらうれしくて、「もっと指示をしてくれ」と、さらに目を輝かせる・・・。



一方飼い主が同じように指示を出したらどうなるかというと・・・・

ド無視。


あるいはあからさまにニラむ。



本当にコイツはローランドかよってくらい、ものの見方がハッキリしているというか。。

相手によって鮮やかに態度を使い分けてくる。
飼い主に対する態度がヒドい。
この状況、訓練士さんに言わせると、「まぁ、保護者の前で安心してるっていうのもあるけれど・・・飼い主さんを自分より下に見てるってことでしょうね・・・」 だそうで。

関係そのものを変えていく

こ、このやろう・・・と悔しく思いますが・・・
でもコレ、考えてみたら、人間だってそうだよなぁ・・・。
わたしなんて特にそうだ。

認めてもいなければ尊敬もしていない人から、上から目線で忠告されたりアドバイスされたり、ああしろこうしろ言われると、ものすごいストレスですよね。
わたしの場合は、インスタなどに突如ヌッと現れるお節介な女性を強力に嫌ってますが・・・なぜこの存在がこれほどストレスなのか、自分でもわかりませんでした。
でも今となっては、そういうお節介に耳を傾けるだけの関係性がその人との間にないからなんだろうと理解できます。

職場で尊敬する上司や先輩が言うことには抵抗なく耳を傾けられるし、よほど無理なことを言われない限り、与えられた指示にも素直に従う。
むしろ指示され、成果を期待され、それに目いっぱい応えて褒められることが嬉しかったり、ときに褒賞をもらってやりがいを感じたり・・・。
叱られてつらくても、どこかで「ありがたい」と思ったり・・・。
それができるのは、そこに作り上げられた関係性があり、そして相手を尊敬し、認めているから。。

一方、決して力量に差があると思えない同僚や対等に付き合っているつもりの友人、長年のライバルから、やたらエラそうに命令されたり、わかったような忠告をされたら・・・・? 
正常な精神で対応するのはなかなか難しい。

わたしなど

はぁあああああああ??!!
と、ただちに正気を失うと思う。。。
ましてSNSで、何のやりとりもしたことのないオバちゃんからいきなり先輩風を吹かせて何か言われようものなら・・・どうやって息の根を止めてやろうかと思う やはり、耐え難いストレスを感じますね。


まんぷくの場合はこんな感じだったのかな。


もちろん状況やストレスの度合いは違うわけですが、まんぷくも同じようなストレスを感じていたのかな・・と。

こちらが何か指示をしたり、軽く叱ったり、注意をしたときのまんぷくの心情を言葉にすると・・・

「はぁ?オマエごときがうるせーわ」
って感じか?
まぁこのセリフは極端だとしても、まんぷくがシカトしているときの横顔って、今思うと反抗期の中学生そっくりだった。


そんな回想にひたるかあちゃんに、「だから、一番初めの関係づくりが極めて重要になるんです。というか、それしかいらない。犬にストレスを感じさせないよう、相互に認め合える関係を作るんです」と訓練士さん。
しっかりとした関係を築かないまま生活を続けてしまうと、ときに犬は、その人との暮らしの中でストレスを抱え込んでしまう。
それに気づかないまま「犬は飼い主のもとにいるのが一番幸せなのよ」と信じ込んでいたとしたら・・・不幸なことだと思う。互いに不幸。
好きであることは間違いないのに、好きというだけでは、愛犬を幸せにできないとは。
そう思い当たったとき、必ずしも今のままの状態で、自分の手元に置いておくことがまんぷくにとって最善なわけではない。
やはり飼う側にも、相応の知識やスキルが必要だったんだと痛感したのであります。


ちょっと長くなってきたんで、今日はこのあたりで失礼します。
また、次の記事で~~。